「早朝の出会い」

毎朝僕は6時に起きて、空手着に着替え、裏山の公園までジョギングをし、あとは一時間、空手の突き蹴りや型の稽古をしていました。はじめてすでに半年がすぎようとしています。
やりはじめて15分ほどすると、きまって一人の女性が犬の散歩で公園内を横切るのでした。毎日顔をあわせているので、そのうち顔見知りになり、軽く挨拶くらいは交わすようになりました。色の白い、知的な感じのする女性で、連れている犬は茶色のプードルでした。最初のうちは、そのまま通り過ぎて行ったのが、最近は立ち止まって、僕の練習風景を興味ぶかげに眺めるようになりました。
「毎日、熱心ですね」
「ほかの練習生に負けたくありませんからね」
「汗がふきだしているわ。ふかなくていいの?」
「ふいたってすぐまたふきだしますよ」
そんな会話が、僕と彼女の間で交されました。
正直、彼女と顔をあわすと、僕は俄然ハッスルして、固い木の幹に、思い切り拳を叩きつけたりしました。毎日公園で二人きりであえるのが嬉しくて、それまでは辛くもあった早起きが何の苦痛でもなくなりました。
彼女は今年大学を卒業して、いまは家事手伝いをしているとか。未婚ときいて、またまた僕がハッスルしたのはいうまでもありません。僕もまた独身で、会社勤めをしています。空手になんかのめりこんでいるせいか、なかなか彼女もみつからず、その鬱憤を毎日稽古で晴らしているようなところもありました。
彼女と親しくなれたらなと、願いはしても、なかなかとっかかりがないまま日が過ぎていきました。
ある朝のことでした。少し空は雲って、晩い秋の風がつめたく公園に吹いていました。
「おはようございます」
最近は、彼女のほうから先に挨拶をしてくれました。彼女が僕のことを、悪くは思っていないのがわかっているだけに、なんとか気持ちを打ち明けようと思って僕は、空手の稽古にも力がはいらないありさまでした。
うじうじしている僕を見て、彼女はそのまま犬をつれて歩き去っていきました。そのすぐあとから、一台のバイクがやってきて停まりました。ヘルメットをはずすと、目つきの鋭い男の顔があらわれました。男はバイクからおりると、彼女の歩いていった方向めざして、足早に歩き去っていきました。僕は嫌な予感をおぼえて、いまの男のあとを追いかけました。
すると、木陰の向うから彼女のつれていたイヌが、怒ったように鳴くのが聞こえました。
僕がかけつけると、果たして、いままさに男が彼女に迫ろうとしているところでした。人気のない場所でみつけた彼女を、襲おうとしているのはまちがいありません。
「まて!」
僕は二人の間に割り込んでいきました。みれば男は、僕より頭ひとつおおきい、みあげるような体格をしています。
彼女が怯えたように僕の腕にすがりついてきました。
「もう、大丈夫です」
言いながら僕は、彼女の耳元にささやきました。
「いいですか。合図をしたらいっしょにかけだすのですよ」
前に立つ男は、両手をにぎりしめ、いまにも殴りかかってきそうな形相です。
「いまだ」
僕は声をかけながら彼女とならんで走りだしました。犬も必死についてきます。公園から続く坂道を下ったところにある交番まで、僕たちは夢中になってかけつづけました。そして交番にたどりつき、うしろをうかがったときには、男の姿はみえなくなっていました。
「空手で追っ払うのかと思ってたわ」
ほっとして彼女が、僕に言いました。
「僕は、暴力は嫌いです」
それをきくなり彼女は、胸をそらせて笑いだしました。
このときから僕たち二人は、急速に親しくなって、お互い恋人と呼び合えるような間柄になったのでした。

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